- 自分で看るべきなんじゃないか
- 施設に預けるなんて、親を見捨てるみたい
- 近所の目も気になるから踏み出せない
施設探しを始めたあなたの心に、こんな声が住み着いていませんか?
私は病院と介護施設で18年、現場に立ってきた管理栄養士です。この18年で、同じ罪悪感を抱えたご家族に、数えきれないほど出会ってきました。
結論から言います。預けるのと、見捨てるのはまったく違います。 この記事では、まったく違うと言い切れる理由を、現場で実際に見てきた景色とあわせてお伝えします。
さくらここまで悩んで、調べて、たどり着いたあなたは、もう十分すぎるくらい親御さんのことを考えていますよ。
入所面談で感じてきた「肩の荷が降りる」瞬間


私たちの施設では、入所の日に必ずご家族と面談をします。好きだった食べ物、苦手なもの、どんな暮らしをしてきた方なのか。これからの施設生活の土台になる、大切な聞き取りです。
この面談で、何度も見てきた光景があります。
話しながら、ご家族の肩からすっと荷が下りていくんです。
張りつめていた表情がゆるむ。
ときには涙ぐみながら「よろしくお願いします」と頭を下げられる。
その姿を見るたびに「預けるという決断」が、ご家族にとってどれほど大きなものだったかを思い知らされます。
頑張った人ほど面会に来なくなる現実


限界まで頑張り切ってから預けたご家族ほど、少しずつ面会から足が遠のいていく傾向があります。
愛情が尽きたわけではないと思います。力を、使い果たしてしまったんです。在宅介護で心も体もすり減らしてしまうと、面会に行く余力すら残らない。
それは、誰のせいでもありません。
一方、少し早めに預けたご家族は、面会が定期的に続きやすく、表情にも笑顔が戻ってきます。会話も、お孫さんの話など、日常の話題が増えていきますね。
好物のおやつを持って、他愛ない話をして、帰っていく。「介護する人」から、「娘」や「息子」に戻れる。私は、これが施設に大切な人を預ける1番の意味だと思っています。



面会に来られたご家族が、スマホでお孫さんの動画を見せながら楽しそうに話す姿。何度みても、私までうれしくなっちゃう!
「また会いに行こう」と思える関係性に


面会の日、私が実は好きな時間があります。
ご家族がエレベーターで上がってくる、その十数秒です。扉の前で、わくわく、そわそわしている。今日は何を持ってきたかな、どんな顔で会えるかな。その気配だけで、こちらまでうれしくなります。
最初のころは、申し訳なさそうな顔で来られる方が多いです。「預けてしまって」という空気を、まとっています。
でも、回数を重ねるうちに変わっていきます。
申し訳なさから、うれしそうな顔へ。
その変化を近くで見ていると、施設に預けるってまったく後ろめたいことじゃない。家族の時間を取り戻すための前向きな選択肢なんだと思います。
まとめ|介護施設に預ける=親子関係を守る選択


ここまでの話をまとめます。
施設に預けるのは、介護を投げ出し見捨てたことになりません。親子の良い関係を守る選択です。限界まで頑張ってから預けるより、少し早めに預けた方が良い関係が続きやすい傾向があります。
罪悪感を抱えたまま決断を先延ばしにするより、まず情報を集めることから始めてくださいね。あなたと大切な人の心を晴れにする「家」、一緒に探しましょう。
追伸——
施設の中からご家族を18年見てきた私自身、もし自分の親の番が来たら、迷わず良い施設を探すと決めています。
もし私がひとりで抱えて、笑顔を失ってしまったら?



親にとってもつらいはず。私も1人の親として、娘が私の介護で疲れきる姿はみたくないですもん。
限界まで頑張る=愛情の証ではない。笑顔で会いに行ける自分でいること、お互いの命が続く限り母と娘でいれることの方が、ずっと大切だと現場にいて思うのです。






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